Overview
チェロキーは、現在のアメリカ合衆国南東部を歴史的な故地とする先住民族です。
チェロキー語と独自の音節文字、南部アパラチア地方と結びついた歴史、農耕や工芸、物語、音楽、伝統的な遊びなど、多面的な文化を受け継いできました。
19世紀には、多くのチェロキーがアメリカ政府の政策によって西方のインディアン準州、現在のオクラホマ州へ強制移住させられました。
一方、ノースカロライナ州を中心とする故地に残った人々もいました。
その結果、現代のチェロキー社会は、オクラホマ州とノースカロライナ州を主要な拠点としながら、アメリカ各地に広がっています。
チェロキーは過去の歴史の中だけに存在する民族ではありません。
現在も自治政府、学校、言語教育機関、文化施設、報道機関、企業などを運営する、現代社会を生きる民族です。
Cherokee Nation公式
現代の3つのチェロキー部族政府
アメリカ連邦政府が公認するチェロキーの部族政府は、次の3つです。
- Cherokee Nation
- United Keetoowah Band of Cherokee Indians in Oklahoma
- Eastern Band of Cherokee Indians
オクラホマ州タレクアを首都とする、最大規模のチェロキー部族政府です。
同じくオクラホマ州タレクアを本拠地とする主権部族政府です。
ノースカロライナ州西部のQualla Boundaryを中心とする部族政府です。
それぞれは共通するチェロキーの歴史と言語的遺産を持っていますが、独立した政府、制度、登録基準、旗、紋章を持っています。
「チェロキー」を単一の団体名として扱うのではなく、民族全体と3つの主権部族政府を区別することが重要です。
Cherokee Nation
United Keetoowah Band
Eastern Band of Cherokee Indians
居住地
歴史的な故地
チェロキーの歴史的な故地は、現在のノースカロライナ州、テネシー州、ジョージア州、アラバマ州などを含むアメリカ南東部に広がっていました。
特に南部アパラチア山脈とその河川流域は、チェロキーの集落、農耕、交易、社会生活と深く結びついてきました。
ノースカロライナ州西部にあるKituwahは、チェロキーの伝承において「Mother Town」とされる重要な場所です。
現在はEastern Band of Cherokee Indiansが土地を所有し、チェロキーの歴史と文化にとって大切な場所として保護しています。
Eastern Band of Cherokee IndiansによるKituwah解説
現在の主な居住地域
現在、チェロキーの主要な拠点は次の2地域です。
- オクラホマ州北東部
- ノースカロライナ州西部
- Eastern Band of Cherokee Indians
Cherokee NationとUnited Keetoowah Bandの本拠地があります。
同じくオクラホマ州タレクアを本拠地とする主権部族政府です。
Eastern Band of Cherokee IndiansのQualla Boundaryがあります。
このほかにも、多くのチェロキー市民がアメリカ国内外のさまざまな地域で生活しています。
そのため、チェロキー文化を特定の村や伝統的な生活様式だけで説明することはできません。
歴史
チェロキーの歴史は、ヨーロッパ人が記録を残す以前から南部アパラチア地方と深く結びついています。チェロキーの伝承ではKituwahが重要なMother Townとされています。一方、チェロキー語がイロコイ語族に属していることから、言語学では北部のイロコイ諸語との歴史的関係も研究されています。ただし、先史時代の具体的な移動経路や年代については複数の見解があります。
チェロキーとヨーロッパ人との最初期の記録上の接触は、1540年のエルナンド・デ・ソト遠征にさかのぼります。その後、交易、疫病、戦争、条約、入植地の拡大によって、チェロキーの土地と社会は大きな変化を経験しました。
Cherokee Nation History
19世紀初頭には、チェロキーは国民評議会、司法制度、成文憲法などを整備しました。1821年ごろにはSequoyahがチェロキー語のための音節文字を完成させ、この文字は短期間で多くのチェロキーに広まりました。1828年には、チェロキー語と英語を使用する新聞『Cherokee Phoenix』が発行されました。
Cherokee Nation Language Department
しかし、1830年にアメリカでIndian Removal Actが成立し、1838年には1万6,000人を超えるチェロキーが南東部の故地から強制的に移動させられました。この移動とその影響によって数千人が死亡し、チェロキーではこの出来事が「Trail of Tears」として記憶されています。
米国国立公園局
移住先のインディアン準州では、チェロキーは1839年に憲法を採択して政府を再建しました。一方、南東部に残った人々とその子孫は、現在のEastern Band of Cherokee Indiansへとつながっています。強制移住以前に西へ移動していたチェロキーの一部は、現在のUnited Keetoowah Bandと深い歴史的関係を持っています。
現代の3部族政府は、言語教育、文化継承、医療、福祉、教育、経済開発、環境保護など、幅広い活動を行っています。
文化
チェロキー文化には、言語、家族、物語、食文化、音楽、舞踊、農耕、工芸、共同体の価値観などが含まれます。ただし、文化は固定されたものではなく、地域、家族、世代、個人によって実践や知識には違いがあります。Cherokee Nationも、チェロキー文化は過去に凍結されたものではなく、現在も変化し続けていると説明しています。
Cherokee Nation History
歴史的なチェロキー社会には7つのクランがあり、クランは家族関係、社会的な責任、相互扶助などに関わってきました。クランは伝統的に母親の系統を通して受け継がれる母系的な仕組みを持っていました。ただし、現代のすべてのチェロキー市民がクランを把握しているわけではありません。
Cherokee Nationのクラン解説
食文化では、トウモロコシ、豆、カボチャなどの農作物を育て、狩猟、漁労、採集も行ってきました。現在の食生活は非常に多様ですが、伝統的な作物や調理法を受け継ぐ家庭や文化活動もあります。
工芸には、リバーケーンやホワイトオークなどを使った籠作り、陶芸、ビーズワーク、フィンガーウィービング、木工、石工などがあります。これらは過去の遺物ではなく、現代のチェロキーの作家や職人によって新しい表現へ発展しています。
籠作り
Museum of the Cherokee People
旗・シンボル・文字
チェロキー民族全体を代表する、ただ一つの共通旗は存在しません。3つの公認部族政府は、それぞれ異なる旗と紋章を持っています。
よく知られているCherokee Nationの旗は、Cherokee Nationという特定の政府を表す旗です。中央には1869年に制定されたCherokee Nationの紋章が置かれています。紋章の七芒星は伝統的な7クランを表し、その周囲のオークの葉はチェロキーの永続性や火を象徴します。旗の周囲に配置された7つの星も7クランを表し、黒い星はTrail of Tearsによって亡くなった人々を追悼するものです。
Cherokee Nation公式解説
もう一つの重要な文化的シンボルが、Sequoyahによって作られたチェロキー音節文字です。音節文字はチェロキー語の教育、出版、道路標識、デジタル機器など、現代のさまざまな場面で使われています。
言語
語族と特徴
チェロキー語はイロコイ語族の南部系統に属する言語です。北米北東部のMohawk、Seneca、Onondaga、Tuscaroraなどの言語と遠い関係を持ちますが、長期間にわたって地理的に離れて発達してきました。
チェロキー語は、動詞の中に主語、目的語、時制、動作の性質など、複数の文法情報を組み込むことができる言語です。そのため、英語や日本語では複数の単語や一文で表現する内容が、一つの複雑な語として表される場合があります。
オクラホマ州とノースカロライナ州では発音や語彙などに地域差があります。言語教材を作る場合は、Cherokee Nation、Eastern Band、United Keetoowah Bandのどの資料に基づいているのかを明確にする必要があります。
チェロキー音節文字
Sequoyahは1821年ごろ、チェロキー語を表記する音節文字を完成させました。現在一般的に使用されるチェロキー音節文字は85文字で構成されています。
これはアルファベットではありません。基本的に一つの文字が一つの音節を表します。形がラテン文字に似ているものもありますが、実際の音は英語の同じ形の文字とは異なります。
| チェロキー文字 | ローマ字表記 | 意味 |
| ᎣᏏᏲ | Osiyo | こんにちは |
|---|---|---|
| ᏩᏙ | Wado | ありがとう |
| ᏣᎳᎩ | Tsalagi | チェロキー/チェロキー語 |
表記や発音には地域差があるため、学習用に使用する場合は当事者機関の教材を参照する必要があります。
現在の言語継承
Cherokee Nationは、第一言語としてチェロキー語を話す人を約2,000人と推定しています。話者の高齢化が進んでいるため、チェロキー語の継承は重要な課題となっています。
現在は、イマージョンスクール、師弟型のMaster Apprentice Program、地域・オンライン言語講座、教材開発、翻訳、フォントやスマートフォン用キーボードの整備などが行われています。チェロキー語は、家庭や儀礼だけでなく、学校、出版、インターネット、デジタル機器の中でも生き続ける言語です。
Cherokee Nation Language Department
伝統的な遊び
Cherokee Stickball
チェロキーの代表的な伝統スポーツがStickballです。Stickballは現代のラクロスと歴史的な関係を持ちますが、同じルールの競技ではありません。
選手は、先端に革や腱で編んだ小さな網を付けた木製のスティックを使い、革製のボールを運びます。人数、得点、スティックの本数などのルールは、地域や試合によって異なる場合があります。
Stickballは単なる娯楽ではなく、共同体同士の関係、団結、競争、文化継承と結びついてきました。現在もEastern Band of Cherokee Indiansの地域などで、青少年や成人による試合が行われています。
Eastern Band of Cherokee IndiansのStickball解説
そのほかの遊び
チェロキー社会で伝えられてきたゲームには、次のようなものもあります。
- Cherokee Marbles:石などで作った大きな球を使用するゲーム
- Chunkey:円盤状の石と槍や棒を使う競技
- Atlatl competitions:投槍器を使用する技術競技
これらは時代や地域によって形式が異なり、チェロキーだけに限定されたものではなく、北米南東部の複数の先住民族に見られる競技でもあります。
Traditional Cherokee Sports and Games