ララムリの人々

ララムリの人々 Visual Summary

Overview

ララムリの人々は、メキシコ北西部のシエラ・マドレ・オクシデンタルを故郷とする先住民族です。

その中心となる地域は、チワワ州に広がるシエラ・タラウマラです。高い山々、松や樫の森林、深い峡谷が連なるこの地域には、バランカ・デル・コブレ(コッパー・キャニオン)と呼ばれる大規模な峡谷群もあります。
ララムリのコミュニティはチワワ州を中心に、デュランゴ州、ソノラ州、シナロア州の一部にも存在します。また、教育、仕事、家族の移住などを通じて、チワワ市、シウダー・フアレス、クアウテモクなどの都市部にもコミュニティが形成されています。
ララムリは長距離を走る文化で国際的に知られています。しかし、走ることだけでララムリ文化全体を説明することはできません。
トウモロコシを中心とする農業、家族や集落の相互扶助、地域ごとに異なる言語、音楽、踊り、籠作り、土器、織物、伝統的な統治制度なども、ララムリ文化の重要な要素です。
ララムリの人々は、過去の山岳生活をそのまま続けている人々ではありません。農村や都市で現代的な生活を送りながら、言語、土地、家族関係、伝統的な競技、芸術を次世代へ伝えています。

居住地と地域ごとの人々

シエラ・タラウマラ

ララムリの主要な故郷であるシエラ・タラウマラは、メキシコ北西部を縦断するシエラ・マドレ・オクシデンタルの一部です。

その大部分はチワワ州の西部から南西部に位置します。
シエラ・タラウマラには、標高3,000メートルを超える山地がある一方、峡谷の底部には標高が低く、温暖または高温になる地域があります。そのため、同じララムリの故郷でも、気候、植生、農作物、住居、衣服などに地域差があります。
高地には松や樫を中心とする森林が広がり、冬には氷点下になる場所もあります。峡谷の低地では、マゲイ、サボテン、柑橘類、マンゴー、パパイヤなどが育つ地域があります。
この大きな標高差は、ララムリの農業、移動、集落の位置、食生活にも影響してきました。

高地と峡谷地域

ララムリの居住地は、しばしばAlta Tarahumaraと呼ばれる高地と、Baja Tarahumaraと呼ばれる峡谷地域に分けられています。

ただし、これはすべてのララムリを二つの固定的な集団に分ける民族分類ではありません。地形や生活環境を説明するための地理的な区分です。
歴史的には、季節や農地の状況に応じて、高地と低地の間を移動する家族もいました。現在では一つの地域に定住する人が多くなっていますが、農地、放牧地、親族の家、仕事場などが離れている場合もあります。
ララムリの集落は、家々が密集した大きな村だけではありません。rancheríaと呼ばれる小規模な集落や、離れた場所に建つ住居が、親族関係や相互扶助のネットワークによって結びついています。

都市部のコミュニティ

現在では、チワワ市、クアウテモク、シウダー・フアレスなどの都市部にもララムリの人々が暮らしています。

都市への移住には、教育、医療、仕事、工芸品の販売、家族との合流など、さまざまな理由があります。
都市部では、建設業、農業労働、家事労働、工芸品販売などに従事する人がいる一方、教師、研究者、芸術家、作家、通訳、行政職、医療関係者などとして活動する人もいます。
都市に住むララムリが文化を失ったわけではありません。都市のコミュニティでも、言語教育、伝統的な競走、音楽、踊り、工芸、家族行事などを通じて、文化的なつながりが保たれています。

呼称について

Rarámuriは、ララムリの人々が自分たちを表す際に使用する呼称です。

地域と言語の違いにより、RarámuriのほかにRalámuli、Ralómaliなどの発音や表記も使われています。これらは単なる綴りの間違いではなく、地域ごとの言語的な違いを反映しています。
Rarámuriという言葉は、「人々」または「人間」を表す言葉として説明されています。
一方で、raraを「足」、muriを「走る」と解釈し、「走る人々」や「足で走る人々」という意味だとする説明も広く知られています。
ララムリ語には複数の地域変種があり、言葉の成り立ちや意味に関する説明も一つではありません。そのため、Rarámuriという名称を単純に「走る民族」という意味だけで説明すると、呼称の持つ広い意味が失われてしまいます。
Tarahumaraは、スペイン語や英語で長く使われてきた名称です。日本語では「タラウマラ族」という表記が広く知られています。
現在でも、メキシコの政府資料、統計、博物館、歴史資料、言語分類ではTarahumaraという名称が使われる場合があります。そのため、Tarahumaraがすべての場面で誤った呼称というわけではありません。
Linglobeでは、人々自身の呼称を尊重し、ページ名に「Rarámuri People」を使用します。本文では、過去の資料や検索で広く使われている「Tarahumara」という名称も併記します。

歴史とルーツ

ヨーロッパとの接触以前

ララムリの祖先は、ヨーロッパ人が到来するはるか以前から、現在のメキシコ北西部で生活してきました。

トウモロコシ、豆、カボチャなどの栽培、狩猟、植物採集を組み合わせ、山地や峡谷の異なる環境を利用していました。
ララムリ語がユト・アステカ語族に属していることから、北アメリカ西部からメキシコに広がる言語集団との古い関係が分かります。
ただし、言語上の関係だけで、ララムリの祖先がいつ、どの経路でシエラ・タラウマラへ到達したのかを確定することはできません。
スペイン人が進出した時代にも、ララムリは一つの王国や中央集権的な国家を形成していたわけではありません。家族、親族、小規模な集落が、それぞれの土地を利用しながら相互に結びついていました。

スペイン人と宣教師の進出

16世紀後半から17世紀初頭にかけて、スペイン人の鉱山開発と植民地支配がメキシコ北西部へ拡大しました。

1603年には、イエズス会宣教師Joan Fontがララムリの居住地域へ入ったことが記録されています。その後、宣教師たちは各地にミッションと呼ばれる宣教拠点を設置しました。
スペイン側は、分散して暮らしていた先住民族をミッション周辺の集落へ集めようとしました。その目的にはキリスト教への改宗だけでなく、鉱山、農園、牧場などで必要とされた労働力を確保することも含まれていました。
土地、労働、宗教、集落の再編をめぐって対立が起こり、17世紀にはララムリを含む地域の先住民族による複数の抵抗と蜂起が発生しました。
1651年には、パピゴチ渓谷へのスペイン人入植などを背景として、大規模な蜂起が起こりました。スペイン側による軍事行動と農地の破壊を経て、1653年頃に戦闘は終結しました。
これらの出来事によって、ミッションから離れた山地や峡谷で生活する人々も増えました。しかし、ララムリがこの時代に初めてシエラ・タラウマラへ逃げ込んだわけではありません。この地域は、スペイン人が到来する以前からララムリの故郷でした。

植民地時代の文化変化

スペイン統治下では、キリスト教、家畜、鉄製道具、ヴァイオリンなどの楽器、新しい作物や衣服がララムリ社会へ入ってきました。

ララムリの人々は、それらをすべて同じ形で受け入れたわけではありません。外来の制度や文化を選択的に取り入れ、地域の価値観や儀礼と結びつけました。
現在見られるララムリの祭り、音楽、踊り、伝統的な役職には、ヨーロッパとの接触以前から続く要素と、植民地時代に導入された要素の両方が含まれています。
1767年にイエズス会がスペイン領から追放された時点で、高地と峡谷地域には多数のミッションがありました。その後、一部のミッションはフランシスコ会や在俗聖職者へ引き継がれました。

19世紀の土地問題

19世紀のメキシコでは、土地制度の変更や民有地化が進みました。

ララムリの共同利用地も外部の入植者や土地所有者の影響を受け、土地をめぐる対立が発生しました。
1876年にはノノアバで、1895年にはアグア・アマリージャで、1898年にはチナトゥで、土地の占有や外部からの支配に対する抵抗が記録されています。
これらの出来事は、ララムリの歴史が山奥で外部社会と接触せずに続いてきたわけではないことを示しています。人々は国家制度、市場経済、土地政策と関わりながら、地域社会を維持してきました。

鉱業・林業・鉄道

19世紀末から20世紀にかけて、シエラ・タラウマラでは鉱業と林業が拡大しました。

鉄道の建設、製材所の設置、森林資源の商業利用によって、外部から多くの人々と企業が地域へ進出しました。
20世紀には農地改革によってejidoと呼ばれる共同的な土地制度が導入されましたが、法的な土地所有の範囲と、ララムリが伝統的に利用してきた土地の範囲が一致しないこともありました。
森林、農地、水源、放牧地の利用をめぐる問題は、現在のコミュニティにも関係しています。

現在まで

現在のララムリのコミュニティは、メキシコの行政制度に参加すると同時に、独自の伝統的な役職や意思決定の仕組みも維持しています。

近年では、土地の権利、森林や水源の保全、言語教育、医療、道路、電気、通信などに関する取り組みが進められています。
すべての問題が解決したわけではありませんが、ララムリの人々は支援を受けるだけの存在ではありません。コミュニティの代表者、教師、農民、芸術家、研究者、活動家などが、自らの土地と文化に関する意思決定へ関わっています。

文化

家族・集落・伝統的な役職

ララムリ社会の基本となる生活単位は家族とrancheríaです。

rancheríaには、親族関係や相互扶助によって結ばれた複数の家族が暮らしています。家々が離れていても、農作業、家の建設、祭り、葬儀、競走などを通じて関係が保たれています。
複数のrancheríaは、教会や集会場所を中心とするpuebloと呼ばれるまとまりに属する場合があります。
地域によって違いはありますが、伝統的な役職にはsiríameと呼ばれる知事や代表者、その補佐役、助言者、祭りを管理する役職などがあります。
伝統的な代表者は、共同体の秩序、争いの調整、行事の運営などに関わります。
集会や祭りの際には、nawésariと呼ばれる語りや助言が行われることがあります。これは、共同体の人々に対して、互いに尊重し、正しく行動し、受け継がれてきた習慣を守るように伝えるものです。

Kórimaと相互扶助

ララムリ文化を理解するうえで重要な考え方の一つがkórimaです。

Kórimaは、食料、物、労働などを必要とする人へ分け与え、共同体の中で支え合う考え方です。
単なる慈善活動ではなく、家族や隣人が互いに依存しながら暮らす社会的な責任と関係しています。
農作業、住居の建設、祭りの準備、病気、食料不足などの際には、親族や近隣の人々が協力することがあります。
ただし、kórimaの実践方法は地域、家族、状況によって異なります。すべての物を無条件で共有する制度という意味ではありません。

農業と環境

ララムリの生活では、トウモロコシが長く重要な役割を持ってきました。

トウモロコシのほか、豆、カボチャ、ジャガイモ、小麦、ソラマメなどが栽培されています。ヤギ、牛、羊、馬、鶏などを飼育する家庭もあります。
山地では耕作に適した平地が限られているため、斜面や小さな台地に農地が分散しています。
雨の量、気温、標高によって収穫が大きく変わるため、野生植物、キノコ、木の実、果物などの採集も食生活を補ってきました。
ララムリの人々は農業だけで生活しているわけではありません。林業、建設、農業労働、観光、工芸品販売、商業、教育、行政など、地域によって仕事は多様です。

食文化

トウモロコシは、ララムリの食文化の中心的な食材です。

トルティーヤ、タマレス、焼いたトウモロコシ、esquiateと呼ばれる料理、pinoleなどに利用されます。
Pinoleは、炒ったトウモロコシを粉にした食品です。水と混ぜたり、ほかの材料と合わせたりして食べられます。
長距離を走るララムリの食べ物として世界的に紹介されることがありますが、pinoleは「驚異的な走力を生み出す秘密の食品」ではありません。農業と日常生活の中で発展してきた、保存しやすく持ち運びやすいトウモロコシ食品です。
Tesgüinoまたはbatariは、発芽させたトウモロコシなどを発酵させて作る飲み物です。
祭り、農作業、住居建設、治療に関する集まり、競走などで用いられることがあります。
Tesgüinoを囲む集まりはtesgüinadaと呼ばれます。これは単なる飲酒の場ではなく、仕事、儀礼、情報交換、親族関係、相互扶助を結びつける社会的な集まりです。

住居

ララムリの住居は、地域の気候と入手できる材料によって異なります。

松の丸太を組んだ家、石造りの家、日干しれんがを使った家、木材と土を組み合わせた家などがあります。住居の近くには、穀物を保管する場所や家畜の囲いが設けられることもあります。
岩壁のくぼみや自然の岩陰を利用した住居も、歴史的に記録されています。
このため、ララムリが「洞窟に住む民族」として紹介されることがあります。しかし、岩陰を利用した住居は多様な住居形式の一つであり、すべてのララムリが洞窟で暮らしているわけではありません。
現在では、農村の伝統的な家、近代的な建材を使った住宅、都市部の住宅など、さまざまな住環境があります。

衣服

ララムリの伝統的な衣服は、地域、時代、個人によって異なります。

女性の衣服として知られているのが、sipúchakaと呼ばれる幅の広いスカートと、mapáchakaと呼ばれるゆったりしたブラウスです。
鮮やかな色や花柄の布が使われることがあり、寒い地域や祭りでは複数のスカートを重ねて着る場合もあります。
男性の伝統的な衣服には、布製のシャツ、腰布またはゆったりしたズボン、腰帯などがあります。
Koyeraと呼ばれる布を頭に巻き、革ひもとタイヤのゴムなどを使ったhuarachesと呼ばれるサンダルを履く人もいます。
現在では、伝統的な衣服を日常的に着る人、祭りや競走の際に着る人、一般的な現代服を着る人などさまざまです。衣服だけで、その人がララムリであるかどうかを判断することはできません。

籠・土器・織物・木工

ララムリの手仕事には、籠、土器、織物、木工品、楽器などがあります。

籠には、松葉、アガベ、ヤシに似た植物など、地域で入手できる素材が使われます。
土器には、鍋、皿、杯、保存容器などがあり、日常生活や行事で使用されてきました。
羊毛の帯、毛布、布製品を織る技術もあります。木材からは、皿、匙、楽器、玩具、競走用のボールなどが作られます。
これらは観光客向けに作られた装飾品だけではありません。もともとは生活、農作業、調理、祭りなどで使用するために作られてきたものです。
現在では工芸品の販売が、家庭やコミュニティの収入源にもなっています。

音楽・踊り・祭り

ララムリの音楽では、ヴァイオリン、ギター、太鼓、笛、ガラガラ、chaparekeと呼ばれる弦楽器などが使われます。

ヴァイオリンやギターなど、ヨーロッパとの接触後に取り入れられた楽器も、ララムリ独自の演奏と祭りの中で受け継がれています。
踊りには、pascolまたはpaskol、matachín、yúmareなどがあります。
一部の踊りは植民地時代に伝わった要素を含み、一部は農業、雨、健康、祖先、土地などに関係する地域の儀礼と結びついています。
カトリックの暦に関係する祭りと、家や屋外の祭祀空間で行われる行事の両方があります。
すべてのララムリが同じ儀礼を行うわけではなく、地域、家族、宗教、世代によって参加方法や解釈は異なります。

旗・シンボル

ララムリ民族全体を代表する、世界共通の公式旗は確認されていません。

インターネット上には「Rarámuri flag」として紹介されているデザインがありますが、すべてのララムリ・コミュニティが承認した共通旗として扱うことはできません。
メキシコ国旗やチワワ州の旗も、ララムリ民族だけを表す旗ではありません。
ララムリ文化を視覚的に表すものとして、次のような要素があります。ただし、いずれも民族全体の公式紋章ではありません。

チワワ州の旗
チワワ州の旗
メキシコの国旗
メキシコの国旗

シエラ・タラウマラ

山々、森林、峡谷、農地は、ララムリの生活、歴史、言語、文化的記憶と深く結びついています。
シエラ・タラウマラは単なる観光地や背景ではなく、ララムリの故郷です。

木製のボールと輪

Rarajípariで使用される木製のボールと、Ariwetaで使用される輪は、走る文化と共同体のつながりを表すものとして知られています。

トウモロコシ

トウモロコシは、食料、農作業、祭り、発酵飲料、季節の循環と結びついています。
そのため、ララムリの日常生活と文化を理解するうえで重要な存在です。

籠と織物

籠や織物は、地域の植物、生活技術、家族内での知識継承、現代の工芸活動を表します。
模様や色には地域差と個人差があるため、一つの模様を「すべてのララムリに共通する神聖な紋様」と説明ではありません。

言語

ララムリ語は、ユト・アステカ語族に属する言語です。

より細かな分類では、ユト・アステカ語族南部のタラウマラ系統に位置づけられ、WarijóまたはGuarijíoと呼ばれる言語と比較的近い関係があります。
スペイン語の方言ではなく、独自の語彙、音韻、文法を持つ先住言語です。
メキシコ国立先住言語研究所は、ララムリ語を一つの均一な話し方ではなく、五つの言語変種に分類しています。

  • rarómari raicha――西部
  • ralámuli raicha――北部
  • ralámuli raicha――クンブレス地域
  • ralámuli raicha――中央部
  • rarámari raicha――南部

地域によって、Rarámuri、Ralámuli、Rarómariなどの発音や綴りが異なるのは、この言語的多様性と関係しています。
話者同士でも、地域が大きく離れると、単語、発音、表現などに違いが生じることがあります。

話者数

メキシコの2020年国勢調査をもとにした国立先住言語研究所の資料では、3歳以上のララムリ語話者はメキシコ国内に91,554人いるとされています。
これはララムリ民族全体の人口ではなく、調査でララムリ語を話すと回答した人の数です。
ララムリとしてのアイデンティティを持っていても、スペイン語を主に使用する人や、言語を学び直している人もいます。

法的な位置づけ

ララムリ語は、メキシコの先住言語の一つとして国語に位置づけられています。

メキシコの法律では、先住言語とスペイン語は歴史的起源を持つ国語として認められ、同等の法的有効性を持っています。
ただし、法律上の位置づけと、行政、医療、司法、教育などで実際にララムリ語を使用できる環境が完全に一致しているわけではありません。
通訳、教材、ララムリ語を話す教師や職員の不足が課題となる地域もあります。

言語の継承と復興

国立先住言語研究所は、五つの言語変種のうち、クンブレス地域の変種を中程度の消滅リスク、そのほかの四変種を直ちには消滅しないもののリスクが存在する状態に分類しています。

言語の使用状況は、都市と農村、地域、家庭、世代によって異なります。
現在では、学校教育、ラジオ、書籍、詩、音楽、デジタル教材、地域の言語教室などを通じて、ララムリ語の継承と復興が進められています。
XETAR「La Voz de la Sierra Tarahumara」La Voz de la Sierra Tarahumaraは、ララムリ語を含む地域の先住言語で放送を行っているラジオ局です。

基本的な表現

中央部のralámuli raichaでは、次のような表現が紹介されています。

Kwira baは、「おはようございます」「こんにちは」「こんばんは」など、時間帯を問わず使われる挨拶です。
Matétera baは、「ありがとうございます」を表します。
Kanílaka kú inaróは、「気をつけて」「良い旅を」「元気で」といった別れの挨拶に近い表現です。
発音や綴りは地域によって異なるため、これらをすべてのララムリ語変種に共通する唯一の表現として扱うことはできません。

伝統的な遊び・競技

Rarajípari

Rarajípariは、ララムリの伝統的な長距離ボール競走です。

資料によってRarajipari、Rarajipuamiなどと表記されることもあります。
競技では、komakaliと呼ばれる小さな木製のボールを足の甲で前方へ蹴りながら走ります。
通常は二つのチームが決められたコースを進み、ボールを落とした場所まで走って、再び足で前方へ送ります。
距離や参加人数は競走によって異なります。数時間で終わる場合もあれば、非常に長い距離を昼夜にわたって走る場合もあります。
伝統的には主に男性の競技として行われてきました。

Rarajípariは、単に最も速い個人を決めるレースではありません。
走者を選び、食事を準備し、コースを確認し、応援し、賭ける品物を決めるなど、多くの人が競走に関わります。
衣服、食料、家畜、日用品などを賭けることがありますが、土地、家、農具など生活の基盤となるものは賭けないという地域の規則も記録されています。

競走は娯楽、身体能力、共同体間の交流、祭り、儀礼など複数の意味を持っています。

Ariweta

Ariwetaは、伝統的に女性や少女が行う長距離競走です。

Arihuetaと表記されることもあります。
参加者は、木や植物の枝などから作った輪を、先端の曲がった棒で前方へ投げたり転がしたりしながら走ります。
輪を追いかけ、棒で拾い上げ、再び前方へ送る動作を繰り返します。
個人またはチームで行われ、長距離を走る競技になる場合もあります。
Rarajípariと同様に、Ariwetaも走者だけの活動ではありません。家族、応援者、競技を管理する人々などが関わる共同体の行事です。


現代の長距離走
ララムリの走者は、メキシコ国内外のマラソンやウルトラマラソンへ参加することがあります。
伝統的なhuarachesを履いて走る人もいれば、一般的なランニングシューズを使用する人もいます。
RarajípariやAriwetaと、現代のウルトラマラソンは同じ競技ではありません。
現代の大会へ参加するララムリの選手は、伝統的な走文化を背景に持ちながら、現代スポーツのルールやコースの中で競技しています。

よくある誤解

「すべてのララムリは超長距離ランナー」

長距離走はララムリ文化の重要な要素ですが、すべてのララムリが競走へ参加するわけではありません。

子ども、高齢者、都市に住む人、走る習慣を持たない人など、生活と走る文化との関わり方は多様です。
一部の優れた選手の走力を、民族全体に共通する生物学的な能力として説明することは適切ではありません。
走る技術は、山岳地形での移動、競走、日常生活、経験、練習、家族や地域の文化と関係しています。

「ララムリは洞窟だけで暮らしている」

岩陰や崖のくぼみを利用した住居は実際に記録されています。

しかし、ララムリの住居には、丸太、石、日干しれんが、木材、近代的な建材を使用したものもあります。
都市の住宅に暮らすララムリもいます。
洞窟住居だけを強調すると、現代の多様な生活が見えなくなってしまいます。

「外部社会から完全に孤立してきた」

ララムリは長い間、スペインの植民地支配、宣教、鉱業、林業、鉄道、学校教育、市場経済、都市への移住などと関わってきました。

外部の影響を受けながらも、すべてを受け入れたのではなく、自分たちの社会に合う形へ変化させてきました。
文化が変化してきたことは、ララムリとしてのアイデンティティが失われたことを意味しません。

「pinoleが驚異的な走力の秘密」

Pinoleは栄養を含み、保存と携帯に適した伝統的なトウモロコシ食品です。

走る文化、生活環境、練習、経験、共同体の支援、個人の身体能力など、複数の要素が関係しています。

現代のララムリ

現在のララムリは、山岳地域だけでなく、メキシコの都市や農業地域など、さまざまな場所で暮らしています。

農業、牧畜、林業、工芸、観光、建設、教育、医療、行政、芸術、研究、スポーツなど、仕事も多様です。
ララムリ語を第一言語として使う人、スペイン語との二言語を使う人、主にスペイン語を話す人、成人後にララムリ語を学び直す人がいます。
都市コミュニティでは、子どもがララムリ語に触れる機会を増やすため、学校、文化施設、地域団体、家族による活動が行われています。
ララムリの作家、詩人、音楽家、映像制作者、教師、言語研究者も、自分たちの言葉で現代の経験を表現しています。
一方、地域によっては、土地の権利、森林の減少、水不足、干ばつ、医療や教育へのアクセス、道路、電気、通信、雇用、差別などの課題があります。
これらの問題は、すべてのララムリ・コミュニティで同じではありません。山地、峡谷、都市では、生活環境と必要とされる支援も異なります。
ララムリ文化は、観光ポスターに描かれる走者や、過去の山岳生活だけに存在するものではありません。
家族、土地、農業、言語、相互扶助、音楽、手仕事、伝統的な競技、学校教育、現代の芸術や仕事を通じて、ララムリの人々は自分たちの文化を現在へつないでいます。

Sources (International Databases)

メキシコ国立先住民族庁の民族誌
INALIのララムリ語資料
INALIの五つの言語変種
中央部ララムリ語の表現集
チワワ州文化局のRarajípari資料
INAHの都市部における言語継承資料

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